09 猟銃

ルピック氏が息子たちに向かっていう。
 ――おまえたち二人には、銃は一丁で十分だろう。
仲のいい兄弟は、なんでも共同で使うもんだよ。
 ――ああ、いいさ、と、兄のフェリックスが答える。銃は二人で使うさ。にんじんが時々貸してくれさえすればいいんだ。
 にんじんはどちらともいわず黙っている。かれは兄の言葉など信用していない。
 ルピック氏は、緑色のケースから銃をひきだし、こう尋ねる。
 ――最初はどっちが持って行くんだ? まあ、兄さんのほうだな。
 兄のフェリックス――その名誉はにんじんに譲ってやるよ。いいから先に持てよ。
 ルピック氏――フェリックス、けさはおまえ、なかなか優しいな。忘れないでいてやるよ。

 ルピック氏は、にんじんの肩に銃をのせてやる。

 ルピック氏――さあ遊んでこい。喧嘩なんかしちゃだめだぞ。
 にんじん――犬もひっぱっていくの?
 ルピック氏――いらんだろう。おまえたちが順番に犬になったらいい。第一、おまえたちほど腕のある狩人は、手傷なんぞは負わせないもんだ。一発必中で殺さなくちゃ。

 にんじんと兄のフェリックスの姿が遠ざかって行く。身なりは簡単で、ふだんぎのままだ。二人は、長靴をはいていないのが心残りだが、ルピック氏から何度となく、ほんとうの狩人はそんなものは軽蔑している、と言いきかされている。ほんとうの狩人はズボンの裾が、かかとの上に尾を引いている。しかし、かれらは、それをけっして折り上げたりはしない。そのままで、泥沼だろうが、掘り返された土のなかだろうが、歩いて行く。するとじきに、長靴が自然とできあがり、膝まですっぽり覆ってくれる。じょうぶで、飾り気のない長靴で、女中が大事に取り扱うよう命令されているものだ。
 ――おまえは手ぶらじゃ帰るまいよ。
 ――もちろんさ、と、にんじんが答える。
 彼は肩の凹みがむずむずしている。猟銃の床がぴったりとのってくれない。
 ――ほら、と、兄のフェリックスがいう。飽き飽きするほど持たしてやるよ。
 ――やっぱり兄さんだな。
 雀の群が飛び立つ。かれは足をとめ、兄のフェリックスに動かないようにと合図する。雀の群は、生垣から生垣へと飛ぶ。
 二人の狩人はかがみこんで、そっと近づいて行く。まるで雀のほうは眠っているといった感じだ。しかし、雀の群はおとなしくしていない。ぴーぴー囀りながら、別の場所に止まりに行く。二人の狩人は立ち上がる。兄のフェリックスは悪口をならべたてる。にんじんは、心臓がどきどきしているのだが、少しもやきもきしていないようだ。腕前を示さねばならぬ時がくるのを恐れているのだ。
 もし、うまくいかなかったら! その時が遅れるたびに、助かったという気になる。
 だが、こんどは、雀たちがかれを待ちうけているようにみえる。

 兄のフェリックス――まだ撃つな。遠すぎるからな。
 にんじん――そうかしら?
 兄のフェリックス――モチよ! 屈めば、もっと食い違ってくるんだぜ。いい距離だと思っても、ほんとうはえらく遠いものさ。
 兄のフェリックスは、自分の正しさを示そうと姿をみせる。びっくりした雀たちは飛び立つ。
 だが、そのなかの一羽が、たわんだ小枝の端に残り、その枝を軽くゆさぶっている。尻尾を振り、頭を動かし、腹をみせている。

 にんじん――うまい、こいつなら命中するぞ、だいじょうぶだ。
 兄のフェリックス――さあ、どいた。うん、こいつはすばらしい。早く銃をかせ。

と、たちまち、にんじんは、銃を奪われる。両手はからっぽになり、口をぽかんとあけている。かれに代わり、その目の前で、兄のフェリックスは、銃を肩にあて、狙いをつけ、引きがねをひく。雀が落ちてくる。
 まるで手品のようだった。先ほどまで、確かに、にんじんは、銃を後生大事と抱きかかえていたはずだ。それなのに、とつじょとしてそれがなくなった。そして今はまた、それが戻ってきている。 兄のフェリックスが返してきたのだ。銃を渡してしまうと、フェリックスは、みずから犬の約を買ってで、雀を拾いに走りだす。そして、こういう。
 ――のろのろしてるんじゃないよ。もう少し急いで。
 にんじん――まあ、ゆっくりいくさ。
 兄のフェリックス――ふん、膨れたね!
 にんじん――だって……。ぼく、歌でもうたったらいい?
 兄のフェリックス――雀が手に入ったんだから、なにも文句いうことなんかないじゃないか? 撃ちそこねていたときのことを考えてみろよ。
 にんじん――なに、ぼくは……。
 兄のフェリックス――おまえが撃とうと、ぼくが撃とうと同じことさ。きょうはぼくが殺った。あしたはきっとおまえの番だ。
 にんじん――あしただって!
 兄のフェリックス――約束してやるよ。
 にんじん――それ、ほんと? いま約束してくれたって、あしたになりゃ……。
 兄のフェリックス――誓うよ。そんならいいだろ?
 にんじん――しようがないな。でも、ぐずぐずしないで別の雀を探したら。ぼくが一発やってみるよ。
 兄のフェリックス――だめだよ。もう遅すぎるからね。さあ、帰ろう。お母さんにこれを焼いてもらわなくちゃ。そっちに預けておくから、ポケットのなかに押しこんでおくといい。おい、間抜けだなあ。嘴くらいはみせておけよ。

 二人の狩人は家路につく。道すがら百姓に出会うと、その百姓は挨拶しながら、こんなふうにいう。
 ――坊や、あんたたちは、まさか父ちゃんを撃っちまったんじゃねぇだろうな。
 にんじんは、すっかり得意になって、先ほどのことなどは忘れてしまう。二人は仲直りをし、意気揚々と帰ってくる。ルピック氏は二人の姿をみると、びっくりしていう。
 ――おや、にんじん、おまえまだ銃をかついでいるな。ずっとかつぎ通しだったのか?
 ――うん、ほとんどね、と、にんじんが答える。