本レビュー 〜小説〜

最悪のはじまり 世にも不幸なできごと〈1〉 レモニー・スニケット 草思社 ¥1,300

カフェー小品集 嶽本 野ばら 小学館文庫 ¥476

墨染の桜 六道ヶ辻   栗本 薫  角川文庫 ¥743

接吻−栗本薫十代短編集−   栗本 薫  角川書店 ¥1500

日本探偵小説全集5 浜尾四郎集
  浜尾 四郎  創元推理文庫 ¥1200

六番目の小夜子   恩田 陸  新潮文庫 ¥514

不思議な少年   マーク・トウェイン  岩波文庫 ¥560

わんぱく天国−佐藤さとる全集−   佐藤さとる  講談社 ¥2,000







最悪のはじまり 世にも不幸なできごと〈1〉
レモニー・スニケット 著/宇佐川 晶子 訳
草思社 ¥1,300

 シリーズ名にもあるように、そして帯や前書きでも再三宣言しているように、実に実に不幸な子どもたちの話。
 もしもあなたが、不幸な話は可哀相で見ていられない、とかなんとかそういう理由で読むのを控えているなら、いいからお読みなさいと言わせてもらいましょう。そんなに不幸じゃないからと。
 物語においてなら、突然両親が死に、理解の無い親類を転々とするのは、それほど珍しい話ではないでしょう。実際、たいていの物語は冒頭でなにかしら不幸が起きて中盤はハプニング、そして最後はハッピーエンド。
 ただこの物語、お約束ならハッピーエンドの場面で「素晴らしいよ、小さな名探偵くん!」なんて言いながら子どもの肩をたたいてくれる大人が存在しません。このへんはまったく現実的ともうしましょうか。そしてシリーズ次作に続くアンハッピーが始まって終わるのです。
 つまり「待て次回!」なシーンで終わってるので、クセになるんですな。
(委員長)

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カフェー小品集
嶽本 野ばら
小学館文庫 ¥476

 時代がかわろうともけして変わらない、かわろうとしない、こだわりつづけることが存在意義であるかのような、とある大好きな喫茶店について、私は文章を書いたことがある。一部に披露したところわりと好評で、店名をふせて書いたために見知らぬ人から「場所をおしえてほしい」というメールをもらったりした。女友達の一人は「ぜひ行ってみたい」と目を輝かせた。
 しかしいざ連れていくと、薄暗く狭い店内に、「うわ」と、感触の悪い声をあげ、コーヒーが美味しい喫茶店なのは百も承知で、「コーヒーは苦手なの」とレモンティーをたのんだ。彼女の目は半分にすがめられ、不満なのはあきらかだった。
 どうやらイマドキ流行の《カフェ》を期待していたらしい彼女は、時代に取り残されたような古さの魅力を受信する装置をもちあわせていなかったようで、店を出てから、しらけた気分を隠そうともせずに、「なるほどね」とだけ言った。
 彼女が悪いわけではない。ないのだが、カフェ・ブームなんてくそくらえ、と思ってしまう。
 そんな私が手に取ったこの本は、純然たる、喫茶店のお話だ。《カフェ》ではなく《カフェー》。ただ《ー》が付加されているだけで、わかってしまった。これはあの、なんだかしらじらと明るくて、客も店のインテリアとしてふるまうあのカフェのことではないぞと。
 この本は、喫茶店を愛する人に。嶽本野ばらさん描く乙女に興味はなくとも、きっとこの本を好きになる。
(委員長 03.04.16)

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墨染の桜
栗本 薫
角川文庫 ¥743

 昔、当時つきあっていた男と言い争いになった。その内容がなんとも情けない。私は友人のことでこう不平をもらしたのだ。
「○○くんは私のいうことに、そうだねそうだねって、なんでも賛成するの。私が反論したときでも、そうだね君のいうとおりだ、なんてコロッと同調してくるの。これじゃ話していてもつまらない」
 彼はこたえた。
「他人の意見は尊重しなくちゃ。だから、○○くんが君の意見に賛成しないからって、つまらないなんていうのはよくないよ」
 そんなことは私、いってないのだ。賛成してくるのがつまらないといったのだ。言い争いというのは、この勘違いのせいだった。
「そうじゃなくて、あまりに簡単に同調してくるのが気に入らないといってるの」
「誰だって自分の意見があるんだから、同調してくれないからって駄々をこねるのは子どもみたいだよ」
 ・・・小一時間は平行線をたどったあと、ようやく私がいっていることを理解した彼は、「なァんだ」とつまらなそうに呟いた。彼は、狭量な彼女のヒステリーを優しくなだめる恋人ってものを演じたかったのだ。私の言葉は彼の耳には、彼が聞きたいようにしか響かなかったのだ。
 こんな思い出話をして、で何がいいたかったかというと、「人は己が見たいように見、聞きたいように聞く」ものだなあ、ということだ。同じ場面や話を見聞きしても、受けとめかたは本当に人それぞれだ。
 そういう現象を、これほど鮮やかに描いてみせる小説家を、ほかに私は知らない。
 大部分は八十歳の老婆の回想であるこの物語、同じ視点にどっぷりつかって最後で一緒にあっと叫ぶもよし、推理作家・藤枝直顕の視点になって謎解きをしながら読むもよし。
 小説って、面白いものなんだと、読後、久しぶりに心地よいため息をつきました。
(委員長 03.04.16)

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接吻−栗本薫十代短編集−
栗本 薫
角川書店 ¥1500

 十代の気分を題材にした短編集かと手にとったら、著者自身が十代の頃に書いた作品集でした。
 だけど様々な色合いの短編からは、たしかに十代の心のおののきや不遜さが散りばめられてます。読みながら、ふと自分自身が十代だった頃の気分まで匂いたってくるような。
 誰にも若く未熟でありながら傲慢であった時代があるけれど、誰もがその時代の心象を描けるかというとまったくそんなことはないわけで。ちょうど、そのへんのOLが群ようこ氏より面白いOL小説を書けるかというとそんなわけないように。
 デビュー前の作品ということで、初々しくありながらも完成されているという、著者の非凡さに読後、しばし呆然、でした。
(委員長)

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日本探偵小説全集5 浜尾四郎集
浜尾 四郎
創元推理文庫 ¥1200

収録作品
「彼が殺したか」「悪魔の弟子」「死者の権利」「夢の殺人」
「殺された天一坊」「彼は誰を殺したか」
「途上の犯人」「殺人鬼」

「殺人鬼」以外は全部短編です。検事や弁護士の経験を活かし、法律や正義の矛盾を理知的に突き詰めていく作品が多いです。というかほとんどがその系列で、正直読みすすめていくたびに「あーまただよ」という感じも否めません。時間をおいて一遍づつ読んでいけばその度面白いと思います。それぞれの完成度は高いのですから。
唯一の長篇「殺人鬼」。いや、面白かった。
事業で成功した富裕な一家。はた目には人もうらやむような暮らしにも関わらず、家族の間に漂うぎこちない雰囲気。そして一人づつ殺害されていく…という、作中にも出てきますがヴァン・ダインのグリーン家殺人事件を彷佛とさせるストーリーです。が、決して二番煎じに堕ちる事無い展開を見せます。私は思う様犯人の罠にはまりました。
一番好きなのは「殺された天一坊」です。これは探偵小説や推理小説ではないのですが、大岡越前守の「大岡裁き」を別の視点から見つめ、正義とは一体何かを改めて考えさせられます。『本当の親ならば子どもが痛がるまで腕を引っぱれるはずがない』というあの有名なエピソードも出てきます。私は目からウロコが落ちました。むしろこっちの解釈の方がピンと来ます。お薦めです。

検事、弁護士を経験してきただけに、作品全体が理性的です。そこに恋愛問題(軽く同性愛テイストなのもある)や遺産相続など人間の暗部が絡んでくるのですが、理性的な中での情念は一層暗い炎を放ち、際立ちます。四〇という若さで亡くなられた事が残念です。
(デスク 03.9.28)

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六番目の小夜子
恩田 陸  
新潮文庫 ¥514

 恩田陸の小説を、ホラーか、ファンタジーか、青春小説かだのとカテゴライズするのは害こそあれ、無意味なことだとおもう。カテゴライズされてしまうと、その既存のイメージが読者にあたえられ、ホラーならホラーらしさ、青春小説なら青春らしさと読む前に期待してしまうからだ。
 これは地方の高校を舞台にした、生徒たちの間でめんめんと受け継がれてきた奇妙な伝説をめぐる物語。ネタばれになるけど、最後まで、なにひとつ解決されない。なにひとつ明らかにならない。
 読後、憤慨する人もいるだろう。青春小説やファンタジーとして読むにはホラーな感触が強くて不満な人もいるだろう。ただ、高校という、同じ年齢の者たちが同じ場所に集められ、同じ授業を聞いているという、外部からは隔離された空間、そのなかに、はっきりとは言い表せない「魔」的なものの匂いを感じることができる人にとっては、恩田陸の描くこの世界は、きっと美味しい。 (委員長 03.10.04)

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不思議な少年
マーク・トウェイン  
岩波文庫 ¥560

 オーストリアの田舎町、三人の少年は、ある日ものすごい美少年に出会う。この少年、サタンという名の天使だという−−。
 トム・ソーヤーやハックルベリ・フィンのイメージで読むと、足元すくわれます。冷や水を背中からぶっかけられます。著者、晩年の作品。厭世観に沈んでいた時期だったそうで、サタンが人間に対していだいている認識は、著者の認識とイコールなのでしょう。徹底的に、人間はとるにたらないもの、歯牙にもかけない、そうすることなど思いもよらないほど小さなものと、サタンは繰り返し語ります。当然、悪びれることもなく。しかしこれが、おそらく誰もが心の底で、口にはしないけどそうかもしれないと疑っている、人間の姿とそう遠くない気がします。
「ぼくは人間てものをよく知ってる。羊と同じなんだ。いつも少数者に支配される。(中略)とにかくいちばん声の大きなひと握りの人間について行く。」その少数派が、正しいか正しくないかに関係なく、と。大多数の願いより、少数の都合にふりまわされて、世の中は動いている、今も昔も−−と。けしてすっきりした読後感ではないのに、なんとも印象深く、長く尾を引きます。「人間の武器は笑いだけなんだ」わたしはサタンのこの言葉が一番好きです。
(委員長 03.06.25)

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わんぱく天国−佐藤さとる全集−
佐藤さとる
講談社¥2,000

 メンコ、斥候遊び、一銭飛行機、コマ、いもむしの腹を裂いて作ったテグス・・・
 遊びから遊びへと飛び回り、夕飯の匂いにふと我にかえる子どもたち。がき大将がいて、子どもたちには子どもたちのルールがあった。これは、そんな時代の物語。
「よくしたもので、自然なむすびつきかたをしている少年たちのあいだでは、いっぽうに暴走しようとする力がはたらくと、きっとどこからか、ブレーキをかける動きが同時におこってくるのである。」
 そんな時代があったのだなあと、かなしいような、愛しい気持ちになります。
(委員長)

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